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AlAl(あるばーんあるど)のブログ

役に立ちそうな情報。そして笑いと少しのエロスを届けようをモットーにやってます。普段は服売ってます。〜詳しい自己紹介はこちら(ブックマーク・読者登録大歓迎です)

勉強があまり好きじゃない中高生へ

ゆうきは勉強好き?

 

いや、あんま好きじゃないです。野球とゲームのほうが好きです。

 

大学2年の時、中学2年生の家庭教師をやっていてその生徒がゆうきという男の子だった。

 

多分、だいたい中学生や高校生はこういう人が多いんじゃないかと思う。

そもそも勉強することってなんだろう?

良い会社に入るため?偉くなるため?

まあそれもそうなんだけど肝心なところが抜けてるな と思う。

もっと根本的なところ。

それは、自分の人生をもっと良い人生にするためだと思う。

ゲームはどうやって作られてるのだろう?ゲーム機はどう動いているのだろう?

地球は何でできているの?

飛行機はどうやって飛んでいるの?

これも勉強の延長線上であると思う。

 

テストで良い点数を取るため、良い大学に入るためというのは結果の問題であって、根本は自分の人生をもっとよくすることにあると思う。

親や先生でそこを強調して教えてくれる人はあまりいない。

勉強しなさい。良い点数取りなさい。という親は多い。

そもそも野球の楽しさや、やる意味がわからないのに野球で結果を出させようとしても無理である(野球の才能あるひとはできると思うが)

 

自分自身、そこまで考えなかった。小学校のときでんじろう先生のテレビを見て、理科っておもしろいなと思い、自由研究で電池を作ったりしたが、中学高校になると計算問題とかそういうのがメインになってしまって理科はすっかり苦手科目になってしまった。理科は嫌いじゃなかったのに、テストの点数という結果を求められるとできないし、理科とはちょっとずつ疎遠になっていった。

 

そんな中、本当の意味で勉強することの意味や楽しさを感じたのは大学3年生になってからだと思う。普通に大学生活を送っていたぼくはふと卒業したときのことを考えた。そして感じた。このまま大学卒業したらなんも残らないな と。”大学は自分の勉強したいことを勉強する場所なのに。”

 

 これは、フィリピンから帰ってきて、自分がいかに日本について知らないか気付かされたことや、貧乏生活をしながら現地のストリートチルドレンを目の当たりのしたことでいまの自分の環境が当たり前じゃないんだと思ったことがきっかけでもある。

そこから僕は、経営学や政治など自分が興味あること、勉強したいことをやりはじめた。それは自分の中ではみんなが言っているような勉強じゃない。ただ、自分が学びたいことを本を読んだり、教授と話したりして学ぶだけ。そこでももっと前からもっと勉強しておけばよかったなと思ったりしてた。

それは若ければ若いほど人間の脳は吸収するからである。

元議員だった祖母にはよく、年取ったら覚えが悪くなるから若いうちに詰め込めることは詰め込んでおきなさいといわれる。

 

また、うちのいとこ兄弟2人はどっちも現役で東大に合格しているが、何がすごいってそのお父さんの教育がすごい。(もちろんその人も東大現役合格である)

お正月ご飯食べてる時におじさんの眼鏡がくもっていたら、なんで曇っているの?といとこ兄弟に聞いたり、物が落ちる速さ計算式を聞いたり、木偏の漢字がどれくらい書けるかみんなで勝負したり(これは自分も参加した)

小さい時からそういう教育をしてきたから彼らは勉強を勉強だと思っていない。多分 勉強を苦痛に感じたことはぼくよりはそんなにないと思う。

その過程を通らずに、義務的にテストの点数だけ求められても厳しいところがある。

 

ぼくが今回の話で結局なにが言いたいのかというと、以下の3つある。

1つは、世の中知らないことばかりだということ。

無知の知という言葉がまさにそれである。実際に僕自身、いろいろなことを学べば学ぶほど知らないことばっかだなと感じる。学ぶことに対して謙虚でいてほしい。

 

2つ目は、とりあえず、学校の勉強関係なしで、自分が興味あることを本を読んだり調べてみたりしよう。

それが直接お金になるかはわからないが、自分の視野や可能性を広げるためにも絶対に損はないはずである。

 

3つ目は、もし学んだことを仕事にするなら自分が好きなことよりも、自分が向いていること、才能があることを学ぼう。

それも、社会的に需要のあることだといい。

完璧な人間なんていない。サッカー選手でさえ、才能がなければなれないのにそこで活躍できるのは一握りである。それなのに才能がないことをやってももったいない。(視野を広げるという意味ではいいと思うが)

少しでも自分が才能あること、向いていることをやろう。(まずは得意科目を重点的に伸ばそうという先生が増えてきているのはそういうことだと思う。)

 

自分自身、20代として若いと言われるが、もうこれからできることは限られている。

そして人生は長さではなく質だと自分は思う。

 

なんかざーっと、夜にふと思ったことを書いていったので文章の構成等は気にしないでほしい。

これを読んで自分より若い人たちが何かを感じてくれたら嬉しい。

 

 

中野



 

 

 

 

外国の地で思う日本のこと。

ぼくは旅が好きだ。
つい最近までも台湾で台湾人の人の家を渡り歩いて生活していた。
そんな中 思うことがある。

それは、 この社会では、ビジネスの世界になると日本人同士で助け合おうという風潮があまりないな と思う。
なぜ、日本人同士で足を引っ張り合う必要があるのか。
なぜ、これはこうでなくちゃいけない とか 批判する人が多いのであろうか(その人のための現実的な指摘は良いことだと思う。)
戦後のとき日本の人たちはそうだったのか。
みんなが なんとかしようと思ったはずである。


ぼくは日本を愛している。日本人として産んでくれた父親 母親に感謝している。

世界はもっと広い。
もう少し お互いが日本のために助け合ってもいいんじゃないかな と思う。



中野